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2012年10月27日土曜日

水野晴郎・選 決定版!!チラシBESTセレクション1000 

この表紙、憧れました。巻末の広告にあった
「アメリカ映画大全集」は今でも欲しい。
オデッサ・ファイル」がトラウマになってしまったのも、そもそもはこの「ロードショー」1979年5月号の付録がきっかけかもしれません。

一部モノクロもあるものの、全70ページにわたって1000点のチラシを掲載するという、雑誌の付録としてはかなり凝ったつくりで、当時のブームの凄さがうかがえます。自分もこれを読みながら「ここに載っているチラシをいつか全部集めるのだ!」と夢みたものですが、九割方はかなったものの、そこから先は修羅の道ですな。

「チラシ大全集」はともかくとして、雑誌としては「スクリーン」より「ロードショー」の方がチラシの紹介は充実していたというのが当時の実感で、年末発売の2月号に掲載される1年間のチラシ回顧も、「スクリーン」は主要どころを簡潔にまとめていただけなのに対して、「ロードショー」はチラシの出た公開作品は全部載せようと、意欲的だったと思います。ある時期までは吉田真由美が全作品にコメントしていて、感心した記憶があります。
この「サテリコン」も集英社版の本でよく
見かけますが、B5四つ折のプレスです。

ただ、その熱心さが逆に働いてか、例えば、93年度には「心臓が凍る瞬間」や「ブラックピューマ」といったチラシが出ていない作品のプレスシートを掲載してしまったりということもあったりします。

その辺の編集方針(?)が微妙に影響しているのかもしれませんが、この「BEST1000」にもチラシではないものや未だに正体不明なものが掲載されています。

その筆頭に挙げられるのが、有名な「ザ・ディープ」の全青版(と呼べばいいんでしょうか)で、集英社系のチラシ本でしか見たことがありません。2ちゃんねるでは「四国で出た」とか書かれていましたが、実際のところどうなんでしょうか。ただ、あらためてネットで見られる各種宣材の画像と比較してみると、ポスターと図柄が一致しますし、「映倫」とおぼしきマークも同じ箇所にあるんですね。このあたり、「チラシ大全集」の「スタンド・バイ・ミー」(これもコロムビア!)と同じで、いったいどうなっているのやら。「この真相は”有料メルマガ”で!」なんていわれたら速攻で購読してしまいそうだ…
「初恋」のジャケット見開き(”BEST1000”では右側のみ)。
これもショップ等で見かけた記憶がないのですが、配布されて
いたのでしょうか。ちなみにこの品はヤフオクで入手したので
すが、サントラのシングル盤のジャケット多数と一緒に出品され
ていたので、レコード痕はないものの、素性は自信ないです。

他にも「サテリコン」の黄色版(これはプレスと判明)や「初恋」のジャケット版、「オデッサ・ファイル」の丸の内東宝館名版…と、いくつか頭を悩ませる品があり、自分にとっては発行されて30有余年が経過した今もなお、好奇心をくすぐられます。「三つ子の魂百まで」ということなんでしょうかねぇ。我ながら、いやはやなんとも。

いずれにせよ、自分にとってはチラシのチェックリスト、ウォントリストの第1号となった冊子でして、思い出深い代物でもあります。

それにしても「ザ・ディープ」の全青、本当にあるなら出てきて欲しいものです。

2012年6月7日木曜日

或る夜の出来事(77R)

A4三つ折り

前世魔人シリーズの第二夜。

この時の邦題は「ある夜の出来事」。例によって水野晴郎によるタイトルのプチ整形です。

この「チラシ」の画像をはじめて見たのは、自費出版のチラシ本だったかも。いったんはショップで実物を見てパスしたんだけれど、ヤフオクで格安だったんで結局入手してしまいました。

正体はこちら。ということで、ソニーの白黒テレビのカタログです。

なんというか、チラシの正体云々よりもカタログの中身が懐かしくて。JACKAL、あったよなぁ。小学校高学年の頃、ラジカセ&BCLブームで、電器屋さんへ行ってラジカセのカタログを集めたりしたものです。最初に買ったビデオはベータ。社会人になってローンを組んで買ったミニコンポはリバティ…とソニー製品にも憧れました。ソニーも昔の面影がなくなってしまったようで残念なのですが、先日のエントリーで触れたパイオニアさん同様、何とか頑張って欲しいものです。

2012年5月20日日曜日

太陽がいっぱい(76R)

初期バージョン。配給会社の名前がありません。
ここ2、3日で「ロボジー/リアル・スティール」のページビューが急上昇という怪現象。何が原因だか分かりませんが、もし一個人の努力によるものでしたら、理由が知りたいのでぜひご連絡をお願いいたします。

さて、カサブランカでは名前が消えたギャラクシー・エンタープライズ(以下GE)が再度登場するのが、翌76年に同じく労音会館でリバイバルされた「太陽がいっぱい」です。

この作品は前回とは逆に、GEは当初からんでいなかったようです。初期のチラシにはGEの表示はなく、館名のスペースに「提供インターナショナル・プロモーション」と入っています。労音会館は常設館ではないので、この表記のチラシは業界関係に配布されたものではないでしょうか(推測)。

残念ながら画像の「チラシ」、私が持っているものは本物ではなく、映画雑誌の付録の切り抜きです、多分。
画質が通常版より暗いですし、裁断が粗く、紙質もその時代の付録のそれに似た感じがするからです。ちなみに手元にあるジェニファー・コネリーが表紙の「世界名作映画チラシ大全集」(昭和62年6月10日発行・集英社)の口絵に掲載されている画像もこれと同じです。ネットオークションで出会った時、「やった大発見!」とひとり勝手に喜んでいたのですが、世の中甘くないですね。

初期バージョンの裏面。通常版は
「スタッフ」の上に配給会社名があります。
結局、労音会館上映時のチラシにはIPの文字は無く、問合せ先にウィズダムの名がある程度。
翌年のシネマ2やテアトル銀座での再映時にようやく 「提供インターナショナル・プロモーション」 の文字が。いずれにしろ、チラシを見る限り、この作品については配給業務はできなかったようです(ま、自分は提供と配給の違いすらきちんと説明できないんですが)。カサブランカに引き続き、こちらでもいろいろご苦労があったのかなぁと思う次第です。

こちらは通常版
1976.7.17公開
それにしてもGE(と書くと世界的大企業のゼネラル・エレクトリックみたいで何ですが)って会社、他の作品では見かけないのですが、なんだったんでしょうか。ネットで調べると東北新社の子会社で同じ名前の会社がかつて存在したようですが、これと同じなんでしょうか。東北新社は「太陽」のDVDも手がけていたことがあるので、可能性は高いと思いますが、あまりにデータが無いので、確証がありません。

なんだかんだとIPに同情的なことも書いてきましたが、この会社、功績もたくさんあったけれど、子ども心にどうも許せなかったのが、「これが最後の上映」を何度もやっていたこと。これはIPに限った手法ではなかったんだけれど、際立っていた記憶があります。とりあえずカサブランカだけでも(こちらが知る限り)3回やっていますので、最後にご紹介。

「カサブランカ」の再映(76年、78年)の館名部分抜粋。
いちばん上が76年。1年空いて78年に6月と12月に「最後」の文字が。その間の9月にも上映しているし。ほかにも日劇文化でも上映している(未所有)ので、余罪?もあるかもしれません。

〆切、限定はどんな商売でもよくある手段ですが、あんまり多いのもちょっとなぁ…

2012年5月11日金曜日

カサブランカ(労音会館)

1975.1.25~2.22上映

以前のエントリーでも書きましたとおり、70年代後半から水野晴郎は自らの配給会社「インターナショナル・プロモーション(IP映画)」を通じて往年の名作や未公開作品の上映を手がけています。中高生の頃、テレビで水野氏が司会の新作紹介の番組を観ていると、大作映画に混じって氏の配給作品がしっかり宣伝されていて、妙な違和感を感じたものです。今でいうステマかな。

当時は映画館とテレビしか選択肢が無い時代で、リバイバルや名画座はまだまだ需要があったものの、それでも観られなくなった作品もたくさんあって、水野氏の会社も(プリントや改題等の批判もありましたが)存在意義はあったように思います。

テレビではメジャーな水野氏も、映画興行の世界では独立系の悲しさか、創業当初はいろいろ苦労されていたのでは…と思わせるのがこの「カサブランカ」のチラシです。

この図柄は何度も繰り返し使われていて、どれがどれだかわからない感じですが、最近になって労音会館版を入手して、あらためてじっくり見てみると、その微妙な違いから上述の「苦労」をうかがうことができます。

1975.8.1~8.24上映
GEは黒で塗りつぶし
いちばん最初の上映(75年1月)はチラシの右下に記された提供会社がIPだけではなく、ギャラクシー・エンタープライズ(GE)という会社も入っています。違いはそれだけではなく、裏面も重要な変更点がありました。詳しくはこちらを参照していただきたいのですが、このバージョンだけ、「この名作に続いて『汚れた顔の天使』、『脱出』、『三つ数えろ』、『マルタの鷹』など続々と登場し、今やボガート・ブームも間近にせまってきました。」とあり、公開当初はこれを機にハンフリー・ボガートの連続上映を企画していたようです。

1976.5.7~9の3日間上映
赤で塗りつぶし。塗りつぶし
の無いIPマーク単独版も
この時から出ています。
残念ながら、実際にはそのような上映が行われることは無かった訳で、半年後の8月の上映では「日本を席捲するボギーとバーグマン」で始まる、それ以降のチラシと同一の文章に差し替えられています。あわせてGE社のマークが塗りつぶされているところを見ると、この辺に企画が流れた経緯が隠れていそうです。 

 そいうえば後年、IPは"PLAY IT AGAIN BOGGY"と銘打って、ハンフリー・ボガートの未公開作(「大いなる別れ」「モロッコ慕情」)を配給したりしていますが、ひょっとするとこれもこの時のことが背景にあるのかなぁ、と考えたりもしてしまいました。まぁ、分からないですけれど。

で、GE社がからんだ話はもうひとつあって、それはまた次回。


2012年1月22日日曜日

氷の誘惑/炎の一族、虐殺軍団

 前回のエントリーで紹介したチラシの裏面を眺めていたら、入会応募先の「UAシネサロン」の住所が有楽町の交通会館地階になっていたのを発見。そういえば、チラシを集め始めた70年代末、この交通会館地下にあった「東和シネサロン」で旧作チラシの詰め合わせを買いました。FOXスクリーンフレンドで売られていた「館名を後から入れた後刷りもの」が混じった品でした。そうか、東和シネサロンってUAシネサロンを引き継いだものだったんだな。

それはさておき、ウィズダム関連で気になっているチラシがこれです。両面チラシで解説はありません。

ヤフオクの出品者の口上を読んだ記憶では新宿ピカデリー3で上映されたらしいのですが、ネットで探してもデータは見つからず。公開時期等ご存知の方いらっしゃいましたら、ぜひ情報をお願いします。

「氷の誘惑」、とありますが、これは1953年に日本で公開された「アンナ」のリバイバル。またしてもタイトル変更です。「氷の微笑」にあやかったのか、「炎の一族」の「炎」にかけたのか、何だかなぁ。この「氷の誘惑」というタイトルでは「アンナ」がらみのデータは検索できません。本当に公開されたのかしらん。

炎の一族」はルーマニア映画で、初公開は岩波ホールでした。
水野晴郎氏の経歴をいろいろと検索していたところ、ユナイト退社後の1973年にコロムビア映画の宣伝を担当していたという記事を見つけました。

で、1973年にコロムビアで配給された作品に「虐殺軍団」というルーマニア映画があるんですね。チラシとしても70年代の中ではそこそこレアものとして有名です。この時代は米メジャーの配給会社もヨーロッパ映画を取り扱っていましたが、共産圏だったルーマニア映画はこれがおそらく第1号だったようです。

「炎の一族」の公開はその5年後の1978年。ひょっとしたら「炎の一族」配給の陰には「虐殺軍団」のつてがからんでいたのかな、と思ったりします。

以上とりとめもなく。

'71UAシネメイト募集

 水野晴郎とインターナショナル・プロモーションで思い出したのが、ウィズダムという会社。
70年代初期のユナイト映画配給作品のチラシに頻出する社名です。「団体鑑賞のお申し込みはウィズダムにて」みたいな文言が館名欄にしばしば書かれていました。

このチラシは当時よくあった映画ファンの囲い込み策である配給会社のシネ・サークル「UAシネメイト」のチラシです。

1994年にリバイバルされた「アルファビル」(初公開時は原音に近い「アルファヴィル」。改題は水野氏の癖かな。)のチラシに「ウィズダム創設25周年記念」のロゴがありますので、創設は1969年頃と思われます。Wikipediaの記述によれば、水野晴郎氏は1972年にユナイト映画を退社しているようなので、水野氏がユナイト在籍中に作り、引き継いだ会社なのでしょうか。証拠なしに書いて恐縮ですが、同じような配給会社系のシネ・サークルが母体であろうFOXスクリーンフレンド社の通販広告(かカタログ)に「当社は20世紀FOXとは関係ありません」みたいなただし書きがあったように記憶しています。この種の会社って、配給会社とどういう関係なのでしょうか。門外漢の私にはまったく分かりません。

手元のユナイト作品のチラシを確認すると、ウィズダムの名は74年の「破壊!」「ロング・グッドバイ」あたりで途切れます。75年の
「ローラー・ボール」のテアトル東京座席指定チラシでは団体鑑賞は“メイジャー・エンタープライズ”という会社が担当しているので、この種の業務からは撤退したのでしょう。


水野氏の晩年の仕事というと、「シベリア超特急」が有名です。このチラシで久々にウィズダムの名を目にして、あれ、っと思ったのですが、後年に前述の「アルファビル」のチラシを入手して、「ウィズダムって水野氏が起こした会社だったんだな。」と分かって、ひとりでガッテンしてしまいました。

今回のエントリーを書くにあたって調べていたところ、ウィズダムは「落陽」(水野氏が「シベリア超特急」の企画の原点?である山下奉文大将役を演じた作品)の宣伝協力もしていました。
二本ともネタ扱いされる作品ですが、こんなに接点があったとは。