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2014年6月8日日曜日

風と共に去りぬ(MGMリバイバル②)

1967.4.7日比谷スカラ座公開時のチラシ。後年使われ続けるこのイラストは60年代に数々の映画ポスターを手がけた
ハワード・タープニング(Howerd Terpning)によるもの。
61年もヒットを飛ばした「風と共に去りぬ」ですが、その勢いは1967年のリバイバルにも引き継がれます。当時のチラシには「全世界はすでに5回、わが国ではこれが4回目」とありますが、前年から3月にかけて菊田一夫による舞台版(帝国劇場)が5ヶ月のロングラン、70㎜版の世界初公開という絶好のタイミング。公開直前4月5日付の毎日新聞夕刊は「またヒット確実?」と報じているのですが、記事によると、公開約2週間前の3月28日から始まった日比谷スカラ座の前売り(窓口および電話予約)は、最初の4日間で3,714枚。昨年(1966年)の同劇場のヒット作「南太平洋(リバイバル)」「おしゃれ泥棒」の前売り発売数(最初の4日間)がそれぞれ1,128枚、938枚だったというから、期待の高さがわかろうもの。

実際に公開されたときの熱狂ぶりは、元東宝社長で「午前十時」の選考委員も務めた高井英幸の回想録「映画館へは、麻布十番から都電に乗って。」に詳しく書かれています。当時スカラ座で働いていた入社4年目の高井氏も残業100時間の大奮闘、続々と詰めかけるお客様に、宣伝カーで「お帰りください」と呼びかけたのは、あとにも先にもこのときだけだったそうです。余談ですが、以前映画年鑑(いつの年かは記憶なし)を読んでいたら、係長時代の高井氏が「映画館の業務の手順を冊子にまとめて評判」みたいな記事が載っていて、社長になる人は違うなぁ、と思いましたが、この時の経験も生かされているんでしょうか。

かくしてスカラ座は17週、続くニュー東宝(現在のTOHOシネマズ有楽座。この作品にあわせて70㎜対応に改装)で6週の大ヒット。翌68年3月にテアトル東京で26日、69年3月にもテアトル銀座と新宿武蔵野館で47日とたて続けに上映されています(大阪では70年に阪急プラザ劇場でD-150方式で上映されているのは以前ご紹介したとおり)。

さて、「チラシ大全集」を開くと、1967年の頁に上記のイラスト柄と本編を観た人には印象的な写真柄の2種類が掲載されています。共にB5の二つ折りで、中の文面は同じです。自分はイラスト柄はスカラ座版とニュー東宝版、写真柄はテアトル銀座版を何とか入手しているのですが、写真柄がそれ以前(67・68年上映時)に出ていたのかはちょっと判りません。
上:風と共に去りぬ
下:ドクトル・ジバゴ
ともに、1969年テアトル銀座上映時

写真柄のMGMマークは67年以前の古いタイプ(「2001年」製作に合わせて作られた新マークは67年12月公開の「危険な旅路」以降に使用)なので、69年に新たに作られたものではないと思うんですが、何せものを見たことがないので確信が持てません。この辺にキャリアの浅さをひしひしと感じます(ご存知の方、教えていただけると嬉しいです)。

続く1972年2月、当時のチラシによると、「わが国五回目」の公開がシネラマ方式で行われます。すでにテアトル東京で2回上映されていますが、シネラマ方式としての上映は松竹系のこれが初めてだったよう。
左がシネラマによる松竹・東急系、右が70ミリによる
東宝系(日比谷スカラ座)アンコール上映。

72年2月というと、札幌オリンピック真っ盛りの時期。「フレンチ・コネクション」と「ダーティハリー」の対決を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれませんが、東京では「風」が「フレンチ」の倍近く動員、年間興行でも第4位と強さを見せつけます(大阪は「フレンチ」が上。「ハリー」はロードショー時、大ヒットに至らず)。

年末にもスカラ座に戻ってアンコール上映。MGMは2年後の74年2月に日本支社を閉鎖しましたので、これが最後の「風」の配給だったと思われます。

個人的にはこの時のチラシのデザインが一番好きです。クラーク・ゲーブルを入れなくちゃいけないのでしょうし、67年版のイラストに大河ドラマ調の魅力があるのも確かですが、やはりこの映画は「南部女のど根性半生記」だと思ってますんで。

2014年4月30日水曜日

風と共に去りぬ(MGMリバイバル①)

丸ノ内日活の館ニュース
「風と共に去りぬ」の初公開(1952年)は当時、特別披露公開として「一年間は絶対に一般公開はいたしません」と売り込んでいました。そのためか翌年6月のアンコール上映(2週間)も帝国劇場のお盆興行、カーニバル・ショウと題して行われています。東宝のサイトを確認すると、帝国劇場で映画が上映されたのは1950年の「白雪姫」以来で、その後も1955年からの一連のシネラマ作品上映までなかったようです。この時のチラシを見かけないのも、その辺に理由がありそうな気がしますが、どうなのでしょう。

そして封切から1年経った、1953年10月と12月、なぜか2回に分けて新宿東宝や浅草大勝館等8館で一般公開、以降は低料金の劇場に流れていきます。ただ、これは都内の状況で、全国では有楽座の公開後、各地で独占公開を行っていたようです。

その流れが止まり、仕切り直しされたのが1955年のこと。シネマスコープ第1作「聖衣」(1953年12月公開)のヒットから沸きあがったワイドスクリーン人気に乗ってメトロスコープ、立体音響を施され、9月2日丸ノ内日活劇場にて再公開(3週間)されます。詳しい経緯はこの後一般公開された際の館ニュース(渋谷国際)の画像にて確認願います。
渋谷国際の館ニュースの見開き画面

丸ノ内日活劇場は「私は告白する」「ダイヤルMを廻せ!」といったヒッチコック作品をはじめとしたさまざまな作品を封切っていますが、作品そのもののチラシは見当たらないことが多く、「風」についても、館ニュースだけのように思われます(50年代はこういうことが多いようですが、この辺は自分の勉強不足もありますので、間違いがありましたらご容赦ください)。

ここで少し脱線。「リバイバル」という元はといえばキリスト教の信仰復興運動を指した言葉、近年はあまり使われなくなってしまいましたが、日本で使われはじめたのは映画界より歌謡界の方が先のよう。古い曲を別の歌手で再度吹き込むことを現在では「カバー・バージョン」といいますが、この時代は「リバイバル盤」といって売り出していたようです。リバイバル・ブームについて書かれた文献(矢沢寛)では「1959年村田英雄の『人生劇場』に端を発し、60年の『無情の夢』から61年の『並木の雨』、そして『君恋し』のレコード大賞受賞で絶頂に達する」とあり、電通の広告景気年表の1961年の流行語にも「リバイバル」が掲載されています。

実際には7月15日公開ですが、14日のスタンプが押され
ています。「ベン・ハー」は13日に上映終了していますので、
14日は改装か前夜祭的な催しがあったのかもしれません。
この広告景気年表の1962年に「洋画にリバイバル・ブーム」とあり、「駅馬車」「禁じられた遊び」
「荒野の決闘」等、続々と公開されたのですが、これの先駆けとなったのが、前年1961年7月にテアトル東京で公開された「風と共に去りぬ」です。

この公開は南北戦争100周年記念行事で地元アトランタでワールド・プレミアが行われ、またまたヒットしたため、全世界配給となったもの。

当時の朝日新聞によると、前売りは「ベン・ハー」を千枚上回る4万7千枚が出る人気。もともとは当時大ヒットした「ベン・ハー」と「キング・オブ・キングス」のつなぎとして3ヶ月上映する予定だったはずが、最終的には5ヶ月のロングラン。東京地区の洋画年間興収で「アラモ」「荒野の七人」に次ぐ第3位、上位2作は3館上映(パンテオンほか)だったので、1館あたりの数字でいえば堂々の第1位ということになります。これに年末の「哀愁」のリバイバルのヒットが翌年のリバイバル・ブームを生んだと言えるので、ヴィヴィアン・リーはまさにリバイバルの女神です。

なお、当時の「スクリーン」を見ると、「風」公開時にはリバイバルという言葉はなく、年末近く、「荒野の決闘」「見知らぬ乗客」(劇団民芸による吹き替え版。そういえば初期のレンタル専用ビデオは吹き替えでした)等の公開予定作の記事あたりから使われ始めています。
1962年10月TY白系公開時。
紙質は薄くなり、文字も金から黄に。

「風」は翌1962年も4月に築地中央でゴールデン・ショウと銘打って40日、10月に一般公開でTY白系9館で20日上映されています。

築地中央ではテアトル東京と同じタイプのチラシが出ているようです(ネットに画像あり)。ただ、自分のテアトル版はかなり厚紙で、プレスかも、と迷ったのですが、プレスはカラーもので別にあるし、大丈夫ではないかと。でも「大全集」(P92)の京成ローザ版(千葉)とも少し色が違うんだよなぁ。この辺は自信ないので、もしご事情ご存知の方で誤りに気づきましたら、ご教示いただけると非常にありがたいです。

2014年2月7日金曜日

火の馬(91R)/忍者武芸帳

1991年リバイバル時のチラシ。
初公開時のポスターデザインを再現。
前回のエントリーの続き。

自分のような地方暮らしの一般人では益川氏のことを知ろうとしても、なかなか難しく、もしやと思って手に入れた「日本の映画ポスター芸術」(2012年にフィルムセンター等で開催)のカタログにも氏の作品は掲載されていない。どうもATG以降のモダンな作品が中心の展覧会だったようで、「近代美術館」を冠したフィルセンらしいといえますが、ちょっと残念です。

そんな中で目を引いたのが、「火の馬」のポスター。1969年に公開されたウクライナ映画で、描いたのは檜垣紀六。益川氏とは東宝アート・ビューロー(現東宝アド)で師弟関係にあり、1977年まで益川氏が担当していた「キネマ旬報」の装丁を引き継いだのも檜垣氏でした。

カタログには檜垣氏へのインタビューが載っているのですが、これが滅法おもしろい。ATG作品といえば、小笠原正勝や粟津潔といった方の印象が強く、檜垣氏を「ランボー」や「キャノンボール」に代表される一連の東宝東和の宣伝デザインから知ったこともあって、この種のものに関わっていたことを知らなかったのですが、氏にとっては商業作品中心の仕事の中での「箸休め」的な位置づけだったようで、それゆえ自由な発想とデザインで空間をうまく利用でき、「火の馬」のような魅力的な作品群を生み出していったようです。

そうはいっても社員旅行の熱海の夕陽を「ランボー」に活かした檜垣氏のクラフトマンシップはここでも健在。作成当時、場面写真が3枚しかなかった「ベトナムから遠く離れて」(1968公開)では、少女の横に「地面から伸びている手のようなもの」が見えます(チラシだと少しわかりにくいのが残念)が、これは岡本喜八監督が「日本のいちばん長い日」の撮影準備中に、タイトルのイメージにしようとして没になった写真(痛めつけられた民衆の叫びを表現しようと、マネキンの手を土の中に入れた)を使ったそうです。

「市民ケーン」(1966)は新聞社の話なので、キャビネの写真を拡大してドットをわざと目立たせるという手法。これは初版チラシでもそのエッジが効いた感覚が少しだけ窺えます。

二つ折りを見開きで(A4)
「忍者武芸帳」(1967)では劇画以外に素材が無かったことから、「たまたま僕の前に若くて目つきの鋭い奴がいたからスタジオで彼の目を撮った」そうで、セールスポイントにしたい大島渚監督の写真が無いので撮影の約束をしたら、スーツとネクタイで現れ、「檜垣君、僕は撮ることはあるけど、撮られたことはないから写真がないんだ」といわれたそう…etc

裏話的な話題ばかり抜き出してしまいましたが、檜垣氏のお話は技術的な面や歴史的な面でも貴重なもので、できればもっともっと多くのことをお聞きして、まとめていただきたいもの。

書籍にするのは権利関係とかで難しい点があるのかもしれませんが、映画宣伝に今ひとつ元気を感じないこの頃、喝を入れる意味でも期待したいです。

2014年2月3日月曜日

モダン・タイムス(72R)

このイラストの原画は墨絵で実物大に描かれ、
淀川長治も「これこそチャップリン」と絶賛したという。
岩谷時子が亡くなった時に、「みじかくも美しく燃え」のことを思い出して、「東和の半世紀」をあらためて手に取ったところ…

この本には淀川長治や双葉十三郎といった映画評論家はもちろんのこと、川端康成や三島由紀夫、寺山修司、宮沢喜一等、各界の方が文章やコメントを寄せているのですが、その中に「世界残酷物語」の写真とともに「ザンコク・バンザイ」という文章が。

筆者は益川進。「聞いたことない人だなぁ。学者さん?(←それはノーベル賞の益川敏英)」と思いながら、読みすすめていたところ、「世界残酷物語」のポスターを担当したなれそめのエピソードが綴られ、「このあと、《ビバ!チャップリン》『愛のコリーダ』へと長く続いた」とあるではないか。

あぁ、灯台下暗し。以前70~80年代の東宝系作品のいくつかのイラストが気になっていたのですが、サインがうまく読めなくて、マルカワ、マスカワどっちだろう?と思いつつ、迷宮入りして放置していたのだった、そういえば。

名前がわかって調べてみると、映画広告の世界で非常に功績のあった方で、東宝を基盤に東映、東宝東和等のポスターや新聞広告で数々の名作を生み出しています。とりわけ東宝時代の黒澤明の作品群のポスター・題字はほとんどこの方の手によるもののようです。

益川氏の仕事は映画広告のみならず、キネマ旬報をはじめとした雑誌・書籍の装丁、あの「男は黙ってサッポロビール」のロゴのレタリングといったものまで。

さらには近年再評価されているという鈴木英二監督、司葉子主演の「その場所に女ありて」(未DVD化)の脚本は東宝の社内公募に入選した益川氏のシナリオが元になっていたり(クレジットは変名で、升田商二)と、本当に多彩な仕事を残されています。

かくして、毎度のことながら自分の知識のなさに恥ずかしくなったのですが、その知名度・功績は業界内と比べて、やはり一般的には知られていないのが現状のようです。映画広告表彰の先駆けである「読売映画広告賞」は第1回をはじめ受賞に枚挙にいとまなく、第25回(1974年5月)にその功績から特別表彰を受けているのですが、読売新聞の過去記事で氏の名前がヒットしたのはこの時が最後。他紙や大宅文庫でも氏の名前は検索できませんでした。
益川氏の仕事がカラー6ページに
わたって紹介されています。
そんな中、昨年は少し動きがあって、氏の母校である広島県呉市の小学校に自作の絵画を寄贈していたことが最近になってわかり、市内の公民館で展覧会が開かれ、地元ではローカルニュースや中国新聞の地方版に取り上げられました。この展覧会を機に呉のミニコミ誌「くれえばん」が益川氏の特集を掲載し、自分もこのバックナンバーでいろいろ知識を得た次第です。

さらに今年に入って、展覧会開催に尽力された母校の元校長先生が益川氏の仕事を紹介したホームページ(益川進の世界)を立ち上げられました。ぜひご覧いただければと思います。これをきっかけに少しでも広く益川氏を知る人が増えることを切に望みます。

蛇足ですが、自分もできる範囲で益川氏の仕事をまとめてみました(日本映画はこちら。外国映画ほかはこちら)ので、こちらもご覧いただければ幸いです。

それにしても、これだけの人が世間一般には知られていないのは残念というより、かなり問題なのではないでしょうか。クールジャパンだかなんかで、よくわからない予算を使うより、益川氏をはじめとした映画黄金期に貢献した職人たちの仕事をしっかりとした形で掘り下げ、まとめることの方が絶対に大事だと、強く思います。

2014年1月18日土曜日

2013年下半期に観た映画(リスト)

越年したので長い感想はギブアップ。
採点をするほどの能力もないですが、印象点を双葉十三郎先生の「ぼくの採点表」の要領で。
旧作はなんとなく☆☆☆★★を上限にしてみた。

☆20点 ★5点。

☆☆☆☆以上……ダンゼン優秀

☆☆☆★★★……上出来の部類

☆☆☆★★
☆☆☆★………見ておいていい作品

☆☆☆…………まァ水準程度

☆☆★★★………水準以下だが多少の興味あり

☆☆★★以下……篤志家だけどうぞ


7月 
サイコ☆☆☆★★
    この時代のモーテルはテレビもなかったのね。最後に「ブリット」のあの方が出てきて嬉しい。

舟を編む☆☆☆★
    好きな話だけど、ここまで大作にする必要があるのかな。サクっと見せて欲しかった。

8月 
終戦のエンペラー☆☆☆
    日本の描写に妙な点が無いのはホッとするけれど、あちこちに気配りしすぎて、肝心の中身が魅力薄。


恐怖と欲望☆☆★★★
    アート志向の「コンバット」。

ペーパーボーイ 真夏の引力☆☆☆★★
    真夏に目の前で鉄板ホルモン焼きを水無しでドサッと出された気分。
    CMで食べている日本とは違って、本業で稼いでいる向こうの俳優は冒険ができるなぁ。

パシフィック・リム☆☆☆★
    「真夜中のカーボーイ」でウルトラマンの怪獣を見つけた時のような嬉しさはありましたが、期待値が高すぎた。

エンド・オブ・ウォッチ☆☆☆★★
    警官の会話がいかにもありそうで面白い。野郎としてはゴスリングよりギレンホールの方が好きです。

ローン・レンジャー☆☆☆★
    序盤の銃撃戦で賛美歌「まもなくかなたの」が流れ、クレージー・リー(ボー・ホプキンス)もどきのキャラクターが出てきた時点で合格!
    後は知らない、二人は若い♪

9月 
プリティ・ウーマン☆☆☆
    カーナビが無かったから二人は出会えたんだな。くろばくさんの名言「便利な時代になって、映画は不便になった。」を思い出す。

サイド・エフェクト☆☆☆
    ソダーバーグ最後の映画、ってのが売りでしたが、巨悪を暴くような話ではなく、がっかり。
    県内で(多分)かからなかった前後の2作(マジック・マイク、恋するリベラーチェ)の方が評判いいみたいで、さらにがっかり。

マン・オブ・スティール☆☆☆
    ノーラン+スナイダーなので、方向性は判っていたけれど…人助けより正義のための戦いが大事なんですな。
    「弾丸よりも速く」ばかりで、「機関車より強く」が感じられなかったのも残念。

反撥☆☆☆★
袋小路☆☆☆
    県外遠征でようやく観ることができたのは嬉しかったのですが、どっちにするか迷った「セデック・バレ」を切ったのもかなり後悔。
    それにしても1965年のお盆に日比谷映画が「反撥」をかけていたというのも凄い話だ。

ホワイトハウス・ダウン☆☆☆★
    安定のエメリッヒ調を楽しみましたが、スケールもダウンですな。

リオ・ブラボー☆☆☆
    これを楽しめなかったのが、今年最大のショック。
    ところどころよくても、いかんせんテンポが。これなら「真昼の決闘」の方が(以下自粛

10月 
ウルヴァリン SAMURAI☆☆★★★
    観ていたプリクェルの続編と思ったら、1しか観ていないシリーズの後日談だった…
    外人は浅草が好きだなぁ。

欲望のバージニア☆☆☆★★
    こういう題材は好きなので、つい点数が甘くなってるかも。
    それにしても最近のシャイア・ラブーフは狂言回しみたいな役ばかりだな。

クロニクル☆☆☆★★
    短い時間にアイデアを詰め込み、快調快調。
    ハリウッドは層が厚いなぁ。主演が前日観た「欲望のバージニア」にも出ていたのはあとで気付いたけれど。

ランナウェイ/逃亡者☆☆☆★★
    レッドフォードの次世代への伝言、同世代への鎮魂歌とでもいう内容。
    後は任せた、とでも言われたようなシャイア・ラブーフは(以下同文

パッション☆☆☆★
    スプリットスクリーンが始まるや、「ファム・ファタール」を観て浮かんだ「踏まれても、ついて行きます下駄の雪」の言葉が頭をよぎる。
    下半期でいちばん面白かった。えっ、その割に点数が低い?(夜回り先生風に)いいんだよ…
    「二郎はラーメンではなく二郎という食べ物である」のと同様、「デ・パルマは劇映画ではなく、デ・パルマという映画である」のだ、たぶん。

トランス☆☆☆
    出だしは快調、後半グダグダっていうだけなら「パッション」も同じなんだけれどね。
    警察、仕事しなさすぎでしょ。

ダイアナ☆☆☆
    これも「終戦のエンペラー」同様、あちこちに気を配って…という感じ。
    ナオミ・ワッツはダイアローグは知る由も無いですが、動作とかは上手く似せていたと思います。

カッコーの巣の上で☆☆☆★★
    この年齢で観ると、つい病院側にも肩入れしてしまうな。ルイーズ・フレッチャー最高。 「半澤よ、これが顔芸だ。」といいたくなる。

エリジウム☆☆☆★
    前作より垢抜けた分、フツーの作品に。アメリカって「金も稼げないのになんで長生きしたいの?」って素で思っている人が多いんだろうな。

11月
42~世界を変えた男~☆☆☆★
    良くも悪くも小学校の図書館に置いてありそうな伝記物語っぽい。プラグマティズムが差別の壁を越えた、という視点が面白かった。
    でも、その影の部分が「エリジウム」の格差社会を全否定はしない、というスタンスという気も。

グランド・イリュージョン☆☆☆
    ひたすら展開を楽しんで、観終わったらパッと忘れる…という、映画自体がイリュージョンでした。オチから考えればあり得んオハナシ。

2ガンズ☆☆☆★
    マンガみたいだな、と思ったら、本当に原作がグラフィック・ノベルなんだそうで。

風立ちぬ☆☆☆★★
    宮崎監督の心境映画なのでしょうが、実写で観たいお話。飛行機だけでなく、乗物全般のこだわりが半端ない。
    「創造的人生の持ち時間は10年だ。」という台詞があったけれど、宮崎監督自身にとってはどの時期だったのだろう。

悪の法則☆☆☆★
    内容を把握したとはとてもいえないけれど、後を引く味がありました。マックィーンが一瞬出てくる(そういう店があるとか)のも個人的にマル。
    ハビエル・パルデムの「カァウ~ンセラァァァ」と呼ぶ声が戦争映画の「衛生兵!」になんか似てるな。キャメロン・ディアズも気に入りました。
    
暗くなるまでこの恋を☆☆☆
    映画に詳しければまた違った見方があるのでしょうが、自分にはほぼ観光サスペンス。

恋のマノン☆☆★★
    原題がMANON70で1971年公開だけれど、本国公開は1968年。入荷が遅れたのも察せる出来映え。ドヌーブ嬢の美しさをひたすら堪能。

フォレスト・ガンプ 一期一会☆☆☆★★
    公開当時は合成技術が話題になったが、その技術がすっかり行き渡った現在になって観ても、作品のクオリティが揺らがないのはさすが。

用心棒☆☆☆★★
    人質交換のシーンの音楽がどっかで聴いたことがあるな、あ、あれだ!と思い出した途端、ホルホルして映画に集中できず参った。

12月
皇帝のいない八月☆☆☆
    カサンドラ・クロスをやりたかったのかもしれませんが、いくらなんでもクーデターに列車ジャックはムリ。他の部隊と連動してないし。
    山本圭が渡瀬恒彦に迫力負けしているように感じるのは現代の眼で観ているからなのか。

  「用心棒」と「皇帝」は地元の映画祭で観たのですが、ゲストの樋口真嗣監督が「皇帝」のFM音声による同時解説(初見なので聞くのは遠慮)をつとめていて、上映終了後の挨拶で「今は題名を言えませんが、週明けくらいに新作の発表があります。本屋の平積みに『こんなところに名前が』と思うはず。」と話していて、なんだろうと思ったら、「進撃の巨人」だった…

ゼロ・グラビティ☆☆☆★★★
    例によって車を飛ばしてIMAX3Dへ。迫真的な(って、行ったことないけれど)宇宙空間を体験。いろんな意味で完成度が高い。
    ただ、散々楽しんでおいてこんなこと言うのもなんですが、上手くまとまりすぎていてどこか居心地の悪さを感じたのも正直な実感。
    真っ当な批判には耐えられそうもない「風立ちぬ」「パッション」の方が、欠点すら愛おしいところがあるんだよなぁ。
    作り手の顔が見えない感じがするのはこの監督の過去作(「トゥモロー・ワールド」等)を見逃している自分の責任が大なのでしょうが。

メリー・ポピンズ☆☆☆★★
    技術は時代に勝てなくても、その表現に挑む志は輝き続けるし、音楽や踊り、役者たちの動き、表情の素晴らしさは不滅だな、としみじみ。
    ライアン二等兵に続いてミスター・バンクスを救いに行くトム・ハンクスの活躍が楽しみです。

2013年11月30日土曜日

5月に観た映画

しつこく感想の続きをば。

「ラストスタンド」。「ダイハード」の10作目あたりがこうなりそう、みたいなお話で、コンパクトにまとめられた肩の凝らないアクション篇。婆さんがヘルプするシーンとかを観ると、もうちょっと住民たちの活躍があってもいいのかな、とも思いましたが、敵方にとっては主人公の住む街は単なる通過点だもんな。「悪党vs住民」の広がりにはならないか。

シュワルツェネッガーはもともと芝居が上手い人ではないので、台詞回しとかはちょっとツラい感じがしましたが、最後の格闘で体を張った大奮闘をみせてくれて嬉しかったです。興行的にはかつての勢いは望めないのでしょうが、これからも元気な姿を見せて欲しいもの(ヴァンダムもボルボのCMで頑張ってるしね)。
「L.A.ギャングストーリー」。う~ん、これだけ硬派なメンツが揃っていて、やっていることが「J.エドガー」劇中のFBIを礼賛したテレビドラマみたいなノリになっちゃっているのはどうしてなんですかね。画面の色使いが「ディック・トレーシー」あたりを意識しているのかな、とも思いましたので、コミックか何かの雰囲気を狙ったのかもしれませんが、「L.A.コンフィデンシャル」に魅せられた自分としては、お子様向けの安っぽさにしか感じられず、どうも納得できません。

それにしても「ギャングストーリー」って邦題はねぇだろ。これじゃギャングが主役じゃん。原題のsquadはどこに消えた?チラシもHPも原題の表示がないなんて、昔の東宝東和みたいで、変な意味で嬉しくもありますが…
ワーナーは「ゼロ・グラヴィティ」の2種類目のチラシがマークどころか社名すら載せていないし、何を考えているのかな(無印良品ですか?)。
「レイダース/失われたアーク」。この辺はかつて廉価版のビデオを繰返し観ていたので、懐かしさとか新発見とかはないのですが、大きな画面といい音響で観ることができるのはやっぱりありがたいです。これでしょっぱなの岩の玉が支柱つきのオリジナルだったらいうことないのですが、それは無理ですね。

観ながらずっと考えていたのは、何だかんだいってこの時代はまだまだアナログだったんだなぁ、ということ。4作目とかはすっかりCG大会で、画面は派手だけれど、「はいはい。凄いですねぇ(棒)」と、嫌な客になってしまったのですが、1作目の車の追跡シーンは「そういやインディを殴るオッサン、スタントマンが直にやったんだったけか(記憶違いかも)」とか考えつつも「お、スゲェ」と身を乗り出して観てしまいます。公開当時は、アーク開封の特撮ばかり「凄い凄い」と思っていたのに、変われば変わるものだ。
「リンカーン」。ダニエル・デイ=ルイス、3度目のオスカー、って一人でそんなに貰っていいの?こりゃ生涯ふたケタ受賞あるで、と少々斜に構えて出かけましたが、そんな意地悪な見方を吹っ飛ばす熱演で、失礼いたしました。別に本人が猟賞活動している訳じゃないし。でも、最近「REDリターンズ」の予告編を観る度にマルコヴィッチが1回も貰えていないという不条理を感じるので、まぁいろいろと難しいですね。

本編ですが、生涯を俯瞰する伝記的なものではなく、奴隷解放に関する法案の審議・採決に的を絞った構成で、最近のアメリカ議会のねじれ現象も彷彿させて興味深く、非常に面白く観ることができました。陳情を受ける大統領の姿は「ゴッドファーザー」冒頭のマーロン・ブランドみたいで、ロビー社会ですなぁ。「政治という仕事は、情熱と判断力の両方を使いながら、堅い板に力をこめて、ゆっくりと穴を開けていくような仕事です。」という言葉を思い出した一編。

中二病を発症して数十年、日本映画の食わず嫌い(特に情緒的な作品)を続けてきましたが、寄る年波による心境の変化か、木下恵介生誕100年を記念した上映を当地のMOVIXでもやっていたので、時間が合った作品を2本ほど。

「二十四の瞳」は終わってみれば2時間半の大作だったのですが、構成がしっかりしているのか、少しも飽きさせることのない、見応えのあるドラマでした。戦後10年も経たない製作ということもあってか、「戦争はもう懲り懲り」というスタッフ・キャストの感情が生々しく伝わってきて、昨今の教科書的な、あるいは政治的な意図が見え隠れする作品とは別物ですね。
「楢山節考」は実験色の強い作品で、今の眼から観ると、逆に古臭さを感じなくもない点もあるのですが、セットの懲り方も半端なく、日本映画の黄金期の力強さが伝わってきます。作品のテーマが当時の自分の心境と重なる、という個人的な事情もあったので、感慨深い鑑賞でありました。

と、いうことで、もう少し日本映画も、特に古いのは観ておきたいなぁ、と思うのですが、機会はなかなかないですね。新作は…というと、予告編を観る限り、映画より「日本映画ダメ絶対bot」の方が面白く思えてしまうのが困ったものです。

2013年11月17日日曜日

4月に観た映画

とうとう半年以上遅れてしまいましたが、年内には追いつきたく、メモ。

デジタル上映となった「午前十時」ですが、当地のシネコンでは小さいスクリーンに押し込まれ、せっかくのシネスコ作品も上下に黒味が残るレターボックス上映、と雰囲気がないことこの上ない。「タワーリング・インフェルノ」は画質もプロジェクター投影感(←うまく表現できませんが)があって、見始めは違和感があったのですが、話が進むにつれてそれもあまり気にならなくなり、あっという間の165分。今どきのハリウッドでは高層ビル一棟が燃えたくらいじゃ商売にならないのでしょうが、CG描くより人間描けよな、とあらためて思わされました。

マックィーンの後にドン・ゴードンの姿を見つけ、舞台はシスコでロバート・ボーンも…と、ブリット色濃厚で、マックィーンの力の入れ方はタイトル順だけではなかったのだなぁ、と感心。
「ザ・マスター」。ポール・トーマス・アンダーソンは昔DVDで観た「ブギーナイツ」の良さがイマイチ分らず、その後縁遠くなっていたのですが、サイエントロジーを題材にしている、というのに惹かれて興味本位でチャレンジ。

とはいうものの、こちらの期待ははぐらかされ、新興宗教の教義やありよう等は焦点ではなく、主人公(ホアキン・フェニックス)と周囲の人々との関わり様、感情の機微をまるでジャズのアドリブのように演者にセッションさせ、それをカメラに焼き付けました…という体裁。ホアキンの演技は熱演というより「この人大丈夫か」と痛ましさを感じるほどで、余裕が感じられないのが観ている側として辛かった。

65mmによる撮影は美しく、特に海のシーンには魅入られましたが、テーマを自分自身の意識・知識・感情とうまく重ねることができなかったこともあり、その日の天気(大雨)同様、どよーんとした重い気持ちだけが残ることになってしまいました。

ネットや雑誌等を見て、「観ようかな」と思った映画がこちらでかかるかというと、そうではなく、後になってから映画サイトや作品のHPで、すでに周囲50km圏外で上映中と知り、あわてて出かけることも多い。「キャビン」もそんな一編で、片道の移動時間が本編より長くなってしまった。

そうまでして出かけた甲斐があったかといえば、「ちょっと面白い」以上のものではなく、ツマらなくはないが、ここまで手間ひまかけて観る価値のあるものとも思えないのが、決して熱心な映画ファン(ホラー関係は特に)とはいえない自分にはツライところです。コスパみたいなことは考えたくないし、「DVDで充分」とも言いたくないんだけれど。

映画の世界観に少し得心が行かなかったのですが、くろばくさんの批評を読んでスッキリしました。感謝です。

そんなこんなで4月に観た4本のうち新作3本は県外に出かける羽目に。自分程度のレベルではそんなにマニアックなチョイスはできないし、していないと思うんだけれど、これが現実。

「アンナ・カレーニナ」も終わるかも…と思って隣県のシネコンに駆け込んだのですが、これは少したって市内でも上映。作品のHPも追加上映はしっかりアナウンスされないこともままあって、こういうのがいちばんショック。

「エンド・オブ・ザ・ワールド」が気に入ったし、Wikipediaの肖像画が結構キーラさんでもいけそうな感じがしたので、文芸作品にもかかわらずトライしてみたのですが… やっぱりキーラさんはロシアって感じはしませんね。

とはいえ、ジュード・ロウはなかなか巧く演じていたし、舞台装置の移動を模した場面転換等、現代的なテンポで進むので、文芸作品というよりエンタテインメントとして、気楽に観ることができました。

2013年10月20日日曜日

007ゴールドフィンガー/女王陛下の007(セットチラシ版)

ダラダラと続けているユナイトマークの話、007シリーズも外せないとは思うものの、コネリーボンドの初版は「ダイヤモンドは永遠に」しか持っていないようなレベルですので、セットチラシについて少々。

はじめて映画館で観た007、「ユア・アイズ・オンリー」の前売特典が全12作のチラシセット。やっぱり…という感じの再版ものでしたが、当時は嬉しかったものです。

それでも気になったのが「ゴールドフィンガー」と「女王陛下の007」。「ゴールド…」は手持ちのリバイバル版とはデザインも裏も異なるし、「女王陛下」は全体にボケていてかなり怪しい作り。

「ゴールド…」についてはいまだに正体が分らないのですが、ひとついえるのはセット版のチラシはユナイトのロゴが「ユア・アイズ…」当時使われていたものと同じ(「屋根の上のバイオリン弾き」のエントリーで紹介した1976年4月以降に使用)ということ。「ゴールド…」のリバイバルは1971年7月。「追跡者」の不振のリカバリーでメインの日比谷映画はわずか2週間の上映(他館もあわせれば4週間)で、それ以降は未確認ですが、少なくともセットチラシのデザインがこの時期に出たということはあり得ない、ということになります。ロゴマークを古いままやり過ごすことはできても、未来のマークが過去にさかのぼることはない訳で。後は76年4月以降に公開されたか…ということになりますが、「二度死ぬ」のリバイバルが1976年6月なので、二本立として上映された可能性もゼロではないものの、今のところそれらしき情報は発見しておりません。

さて、「女王陛下の007」ですが、表は画面では見えにくいかもしれませんが、イラストの右隅(「女王陛下の」の「の」の右あたり)に「映倫」のマークが入っています。メジャー系のチラシに映倫マークが付いていることはほとんどないので、これは大方の予想どおり、初公開時のポスターを縮小したものでしょうね。ユナイトのTマークも右側ですし。

裏については、ルイ・アームストロングが故人になっている(1971年7月6日没)点やテリー・サバラスについて「刑事コジャック」(日本では1975年9月放映開始)に触れている点からみて、初公開の文面ではないな、と分ったものの、ではリバイバルかといえば、一時期ユナイトのラインナップに載ったことはあるようですが、キネ旬や映画年鑑にはリバイバルの形跡はなし。ネットに「テレビ初放映(1979年4月)にあわせてプリントが焼かれ、二番館に配給された」という情報があったので、当時の雑誌を調べてみたところ、確かに1979年1月から4月にかけて全国の名画座で上映されていたようです。同年6月辺りで他のシリーズ旧作の上映も止めているよう(違っていたらゴメンなさい)なので、観た人は少ないかも。

裏面の元ネタはなんだろう…と、ずっと疑問に思っていたのですが、つい最近になって「ロードショー」の1978年1月号の付録「007シリーズ全10作チラシ・コレクション」にこれと同じものが出ていることを発見。「私を愛したスパイ」公開時に作られたものですから、付録とはいえ名古屋で「ムーンレイカー」公開記念で配布されたのよりもさらに前の話ですね。付録の複製チラシは当時は興味がなったし、チラシを集め始めたのは78年のGW以降だったので、盲点でした。

こちらでちょっとまとめてみましたが、セット版「女王陛下」裏面の謎の黒枠もこの付録の裏面とピタリとはまるので、これが元ネタのような気がしてならないのですが、これより古いネタをご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひご教示いただけますと、嬉しいです。「ゴールドフィンガー」の元ネタ情報もぜひお願いします。永年の疑問でして…

※2013.11.4追記 当初「ゴールドフィンガー」のリバイバルを2週間、と書きましたが、日比谷映画が2週間で、同時に封切った新宿プラザは4週間、日比谷映画を継いだ渋谷宝塚と池袋劇場は2週上映しておりました。

2013年9月29日日曜日

ウエスト・サイド物語(リバイバル)

ユナイトのリバイバル考察の続き。
「屋根の上…」のリバイバルの際、マークの修正がされていなかったことを書きましたが、「ウエスト・サイド物語」も確認してみたところ、上映方式の表示の変更はしていても、70年代のリバイバルのユナイトマークの修正はされていませんでした。「卒業」は結構きちんと手を入れているのに、何故でしょうか?

ともあれ、完全ではないのですが、69年以降のリバイバル公開のチラシをこちらにまとめてみました。初版もいつかは手に入れたいのですが、こちらは人気が高くなかなか困難であります。

画像は運よく手に入れたユナイトのシネ・サークル広報誌「UA CINE MATE」の創刊号。69年のリバイバルにあわせて「ウエスト・サイド物語」の特集が組まれています。

上映日数511日、入場人員1,524,849人(当時の名古屋市の人口に匹敵)という大記録を達成した丸の内ピカデリーの元支配人尾ヶ井武氏が手記を寄せているのですが、当初は年の暮れ(1961年12月23日)の公開で出足は決してよくなかったが、口伝えで雪だるま式に伸びていったとか。最初の1週間がピークになっている当節の興行とはずいぶん趣が違いますね。ロバート・ワイズ監督が来日した折、いかに観客が熱狂的だったかの話を伝えたところ、「わたくしは『ウエスト・サイド物語』をみた日本の多くのファンのひとりひとりに、いま握手したい気持ちです。でも、そうしたら、これから一年も日本に滞在しなければなりませんね」と、暖かな微笑を浮かばせながら答えたそうです。

2013年9月14日土曜日

屋根の上のバイオリン弾き/チキ・チキ・バン・バン(76R)

70年代のリバイバル上映に同一デザインの使い回しが多いことは、「卒業」や「荒野の七人」のエントリーで書きましたが、見分けるポイントの一つが配給会社のロゴマーク。

ユナイト映画も60年代後半からロゴがいろいろ変わっています。自分は70年代後半から映画を観始めたので、どうもユナイト映画はこのマークがついていないとユナイトっぽさを感じないのですが、この”T”をかたどったマークは当時の親会社、トランスアメリカ社のものでユナイトそのものとは無関係。

当時のチラシを確認しますと、このTマークが右から左に移ったのは1973年7月公開の「007死ぬのは奴らだ」あたりからのようです。

とはいえ、リバイバル作品の場合、この修正が必ずしも徹底されていなかったよう。「屋根の上のバイオリン弾き」(初公開は1971年12月)は76年上映時(縦型のデザイン)は左にありますが、80年の上映時は初公開のものをそのまま流用したせいか、マークが右のままです。この時の上映状況を考えると、急遽決まった感じも受けるので、封切時の版下をそのまま使ってしまったのかもしれません。「屋根の上…」については再版ものもありますので、こちらにまとめてみました。

分らないのが「チキ・チキ・バン・バン」のリバイバルで、テアトル東京で公開された時(1976年3月)はとっくにTマークが左にあるべきなのになぜか右に。他の地区の公開(70㎜マーク)は左になっています。なぜこの時期にこのロゴが使われたのでしょうか。前からリバイバルを準備してチラシだけ作っていたとか?

謎といえば謎ですが、どうでもいい話ですよね。

この際なので、さらに細かい話をしますと、トランスアメリカ社についての表示は76年4月頃より、”Entertainment from Transamerica Corporation”から”A Transamerica Company”に変更されています。調べてみると、コーポレーションとカンパニーの違いはあるようなのですが、英語にはとんと疎い自分にはよく分りませんでした。
「チキ・チキ・バン・バン」(1976リバイバル)
チラシ右下部のユナイト社ロゴ。
上がシネラマ版、下が70㎜上映版です。
日本も最近は合併が増えて、足し算みたいな社名の会社が目立つようになりましたが、企業買収が恒常化しているあちらではよくある変更なのでしょうね。

トランスアメリカ社については例の「天国の門」(1981年公開)の問題が起きてから、ユナイトからは手を引いており、「屋根の上…」の1982年上映時のチラシには同社の表示は消えています。

2013年7月20日土曜日

スクリーン・ビューティーズVol.1 オードリー・ヘプバーン

9月28日より新宿ピカデリー他全国で。
「午前十時の映画祭」の影響か、旧作の特集上映も少しづつ増えているよう。オードリーも久々に特集上映が組まれるようで嬉しい限り、といいたいところですが、当地に来る予定はなし。3本とも観ているので、あきらめもつくのですが、「パリの恋人」は大画面で再会したかったなぁ。

オードリーは80年代後半から90年代前半あたりのヘラルド・クラシックスで何度も上映されていたので、油断して観ていないままの作品が何本もあって、今の時代、DVDを借りれば、フォローは余裕で可能なのですが、どうも家で映画を観るのは落ちつかない人間なので、「いつか映画館で…」と思ってそのままになってしまっております。まぁ、当節のシネコンはビスタのスクリーンに上下の黒味を残してシネスコ作品を上映するというレターボックス上映(?)とかを平気でやってくれるので、映画館も家のテレビみたいになってきていますが。

ボヤキはこれくらいにして、上述のヘラルドによるオードリーの特集上映の手持ち分をこちらでちょっとまとめてみました。あくまでオードリーの作品のみの特集上映で、これだけでも軽く20種類を超えるんだから、やはり大したものです。

2013年6月29日土曜日

ある愛の詩/誰がために鐘は鳴る(70年代R)

変形二つ折りで左が初公開(1971.3)、右がリバイバル(1976.5)
表だけだと製作・配給会社名以外の違いしかありませんが、
裏面の解説は異なっており、なにより主演のアリ・マッグローの
プロフィールで、伴侶がロバート・エバンス(「くたばれl!ハリウッド」)
からマックィーンに変わっているところが少々意地悪なお楽しみ。
チラシ大全集の揚げ足取り(?)をもう少し。

「以前から怪しいと思っていました。」とか書くと、「お前は佐藤藍子かっ」と突っ込まれそう(←今どきそれはないか)ですが、kussyさんの掲示板でチョコさんが「ある愛の詩」を投稿されたのをきっかけに調べてみたところ、大全集の71年にあるチラシは76年のリバイバル時のものと判明。

決め手はCICのマーク。「シェーン」でも書きましたとおり、日本でCICが発足したのが、1970年7月。

CICのマークが新聞広告に登場するのが「ロンメル軍団を叩け」(1971年6月公開。チラシはマークなし)あたりからで、その間の「1000日のアン」「真昼の死闘」「お前と俺」「地球爆破作戦」等々と同様、「ある愛の詩」(1971年3月公開)の初版チラシにマークはありえない、ということになります。

というか、「ある愛の詩」初公開版は、CICはおろかパラマウントの名前すらないんですね。翌年のアンコール公開も丸の内ピカデリー版(1971年9月)はCICとパラの名前が劇場名の刷り込み欄にの片隅にあるのですが、2ヵ月後のムーブオーバーの新宿ロマン劇場(当時はST系)版では記載なし。いい加減なものです。
上が1971.1.15、下が1976.3.13公開。

いい加減、ということではないのですが、これで思い出したのが、「誰がために鐘は鳴る」(元々は”為”ですがこの時は”ため”)の71年1月のリバイバル。

この作品、パラマウントの製作ですが、1958年にTV放映にからんで版権が当時ユニヴァーサルの親会社だったMCAに売却されています。そのせいか、このチラシにはパラマウントとCICに並んで「MCAレコード」というクレジットが入っています。入手した当初はサントラ盤の表示だと思っていたのですが、記憶が確かであれば、この映画の当時のサントラ的音源は、作曲担当のヴィクター・ヤング自身の楽団による演奏もののみで、シングルカットもなかったはず。権利者としての表記なのかなぁ、ちょっと謎です。ご存知の方いらっしゃいませんか。

さすがにややこしいと思ったのか、5年後のリバイバルではCIC配給のみが表記され、パラマウントもMCAも出てきません。こういうのを見ると、映画は作品であると同時に商品なのだなぁ…と思ってしまいます。

ということで、開業当初のバタバタの痕跡が残っているCICさんですが、後々には「ロミオとジュリエット」(画像はこちら)のように、マークの位置もきちっと修正するようになっていくわけで、社内でもいろいろとやりあっていたのでしょうね。

2013年6月22日土曜日

風と共に去りぬ/王様と私(阪急プラザ劇場版)

「頭上の敵機」のエントリーの続き。
館名ハイ&ロー。裏は同じで、
裁断ミスではありません。
kussyさんの掲示板にもお詫びがてら投稿したのだけれど、「マイ・フェア・レディ」のワーナーによる最後のリバイバルもチラシ大全集は1970年の頁に載っていますが、実際に公開されたのは前年の12月。まぁ「1970年のお正月映画」だし、ネットで流通している渋谷パンテオンの上映作品リスト(おそらくさよなら興行時に出た資料からのもの)も12月公開作品が翌年扱いになっていたりするので、「こまけぇこたぁいいんだよ!」と言われりゃそれまでなんですが。

と思いつつ、めげずに本題。
「風と共に去りぬ」の阪急プラザ劇場版。こちらは1972年の頁にシネラマ版(個人的にはいちばん好きなデザインであるV・リーの顔アップ)と並んで掲載されています。
で、どうも不思議に思ったのが、シネラマ版は松竹系なのにD150版は東宝系だということ。そのうちにネット時代になって、シネラマ版で松竹系の関西館名(どうとんぼり松竹座等)の画像を見かけるようになり、「西日本独占ロードショー」のうたい文句との整合性に疑念が。

ということで、GWにちょっくら図書館で当時の新聞のマイクロフィルムをガラガラ回しまくって、以前から興味のあった阪急プラザ劇場のオープン初期の上映作品をこちらにまとめてみました。

なるほど、「風」は1970年だったのね。60年代後半の東宝系のリバイバルの流れを継いだ上映だったんですな。


調べて分ったことがいくつか。「王様と私」は東京では1972年3月にテアトル銀座と新宿武蔵野館で上映されていますが、大阪ではひと足早く71年10月に上映されています。阪急プラザ版のチラシは、いかにも通常版(カラーで横)のデザインを使い回した感じがしてしまうのですが、半年も早かった…

また何度か耳にした「噂」に「阪急プラザ版の『砲艦サンパブロ』(広げるとB4横になる単色二つ折り。持っていません)が出回っているけれど、阪急プラザは『トラ・トラ・トラ!』を上映しており、時期が重なっている(1970年10月)のでアヤシイ」というのがありますが、阪急プラザの『トラ』上映は翌年9月ですので、それは誤解ですね。東京は「サンパブロ」をやらなかったし、どれも公開時期が秋に集中していたからそんな話が生まれたのかも。

余談ですが、昨年の鷹の爪団のマナーCMが「王様とたわし」だったので、今回の「午前十時の映画祭」には絶対「王様と私」が入ると思っていたのですが、入っていなくて残念。「風」や「ローマ」も好きな映画ですが、さすがに食傷気味。いろいろ指摘されている今回の「午前十時」ですが、もう少しラインナップも工夫して欲しいところじゃよ、吉田君。

2013年5月13日月曜日

頭上の敵機/スパルタカス(リバイバル)

「イージー・ライダー」のエントリーで「『チラシ大全集』のリバイバル関係のデータはあてにならない」と書きましたが、これは出版当時(平成7年)の状況を考えれば無理からぬことで、Windows95がやっと出たような時代、資料の収集や確認に限界があったのは容易に想像がつきます。今なおリファレンスとして輝いている「大全集」の偉業に敬意を表しつつ、あくまで正誤表的な情報としてお読みいただければ、と。

最初に「あれ?」と思ったのは「眼下の敵」(Part1‐P.62)。未所有ですが、永年ねらっているチラシで、これは1965年11月に東急洋画部配給ででリバイバル(ミラノ=パンテオン系)された時のもの。初公開(1958年1月)はFOX配給で東京は有楽座です。大阪の南街劇場版(潜水艦を模した変形版)のチラシがオークションで人気が高いのですが、有楽座版はあるのかな。

こちらの「頭上の敵機」も同じ東急洋画部によるリバイバルで、「大全集」では1965年の頁(Part1‐P.142)に掲載されていますが、東京地区では画像にもありますが、翌年1月8日に「SOS一触即発」と二本立てで上映されたようです。同じFOX作品であるところをみると、まとめて購入・配給したんでしょうね。リバイバルは東京が先行するとは限らないので、1965年に上映されていた可能性は捨てきれないです。

こちらの「スパルタカス」も初公開の頁(Part1‐P.83)に掲載されていますが、よく見ると、ユニヴァーサル映画のマークが異なっており、初版が「総天然色」表示なのに、こちらは「テクニカラー」。裏面の文章も「2001年宇宙の旅」に触れています。

調べてみると、東京では日比谷スカラ座で1968年6月にリバイバル上映されているので、北野劇場もこの時期かと思います(正確な時期は未確認です)。ただ、自分は日比谷スカラ座版は見たことないのですが、あるんでしょうかね。

調べてみると、東京と大阪でリバイバル作品の上映時期がずれるということは、この時代あたりは案外見受けられます。その辺の話はあらためて。

2013年5月12日日曜日

2月に観た映画(メモ)

イオンシネマに置いてあったローカルアイドル
のイベントチラシ。地方のシネコンは映画を
かけている場合ではない…ということかも。
今さらではありますが、備忘録ということで。

2月は新作とは別に、イオンシネマの「なつかシネマ」に遠征。
富山に住んでいたころ、開館したての金沢のイオンで同じ名前の企画をやっていたから、定期的にやっているのかな。

「オール・ザット・ジャズ」は久々の再見でしたが、やっぱり好きな映画。みゆき座の封切で観た時はもっぱら「エア・ロティカ」や「バイバイ・ライフ」といった踊りや歌に惹かれ、ストーリーやテーマはよく分らなかったのですが、齢を重ねて「死」や「病」が徐々に自分に近くなってくると、観る度に心に迫って来ますね。ラストのエセル・マーマンの「ショウほど素敵な商売はない」も同名の映画を「午前十時」で観たので、聞こえ方が少し違ったし(5人)。

「招かれざる客」。冒頭、古い方のヘラルドマークが出たので、クラシックス上映をやっていた頃のフィルムなんでしょうな。ちょっと揺れあり。

もう少し人種問題に突っ込んだシリアスな作品かと思っていたのですが、ホームドラマ的な展開でやや拍子抜け。主題歌や風俗描写もベタで、この辺は「ニューシネマ以前」の限界なんでしょうね。それでも俳優陣が皆さん巧いので、それなりに楽しく観ることができました。これが遺作となったスペンサー・トレイシーですが、確かマックィーンが「シンシナティ・キッド」での共演を熱望していたはずで、エドワード・G・ロビンソンも良かったけど、こちらでも観たかったかなぁ…と思ったりしつつ(2人)。

「ファイブ・イージー・ピーセス」。主題歌「スタンド・バイ・ユア・マン」は、生れて初めて買ったサントラのオムニバス盤「これがオリジナルサウンドトラックだ!」に台詞入りが収録されていて、繰り返し聞いたものです(「ブルース・ブラザース」でもカバーしてましたな。)が、あれから30余年、今回ようやく実物を映画館で。なんだ、冒頭で使ってたんだ。

それにしてもニコルソンが若いです。自分は「シャイニング」が初ニコルソンだったので、その昔、この人のアメリカでの人気の出方が「セックスアピールの魅力」云々と書かれていたのを読んで、「何で?」と思っていたのですが、初主演作がこれなら納得です。

この時代ならではのドロップ・アウトした若者を描いた作品ですが、”アウト”で外に飛び出すより、当節は”イン”で引きこもりだもんなぁ…と、思いながら70年代の風景を味わいました(2人)。

各文末のカッコ内の人数は自分を含めた観客数。個人的には古い映画をもっとスクリーンで観たいのですが、状況はキビしいです。この3本も現代の観客に響くか?といわれると、「オール~」が辛うじて、という感じだし。

でも、シネコン側の取り組み姿勢もいい加減。ロビーにはポスター等の告知類は一切なく、入口の掲示ポスターはネットからコピーしたものなのか、ドットがでかくて文字すら読めず。なんだかスーパーの一角のワゴンに置かれた見切り品、という扱いで悲しくなりました。イオンさん、ワーナー・マイカルも買ったんだからもっとしっかりしてください。

2013年5月5日日曜日

イージー・ライダー

ニュー東宝シネマ2
1972.6.10公開
ちょうど41年前の今日、1972年5月5日に「小さな恋のメロディ」で触れた、スキヤバシ映画の名称変更(ニュー東宝シネマ2)が行われました。なぜか「黄金の七人 1+6 エロチカ大作戦」の上映期間中という半端な時期に変わっています。

それで思い出したのが、「イージー・ライダー」のリバイバル上映。改称前後の2種類の館名が出ています。

「イージー・ライダー」は70年1月に有楽町スバル座で公開されましたが、スバル座版は前年12月公開の「サボテンの花」とカップリング冊子という仕様になっていて、この1枚ものは72年にデザインされたと思っていたのですが、「エデンの東」の三越版以来、いろいろ調べているうちにそうではないということを知りました。

初公開版
1970.1.24
右端のシミのような赤色は
裏面の「サボテンの花」の
イラストが映りこんだもの。
以前紹介したロードショーの付録の冊子「チラシBESTセレクション1000」に日劇文化の館名版が掲載されているのですが、これが1970年7月18日に公開された時のものでした(翌週25日に横浜東宝名画座でも公開。これも確か同デザインのチラシが出ていたはず)。

「イージー・ライダー」のスバル座公開は多くの若者を集めて半年近いロングラン、7月3日まで上映されました。日劇文化の上映は2週あけてのムーブ・オーバーだったんですね。自分は何となく日劇文化版はシネマ2の後かと勝手に思い込んでおりました。72年版をよく見れば、「あの爆音が!あのサウンドが!~」のキャッチコピーは館名の刷り色と同じな訳で、チラシにもともとあったものじゃないですね。修行が足りないなぁ、反省。

修行が足りないといえば、こちらの関西版も、チラシ大全集で1972年の頁に掲載されていたので、てっきりリバイバル版だと思っていましたが、こちらも1970年に作られていたものでした。大阪ではこの年の2月14日、梅田スカラ座と千日前スバル座が初公開でした。そういや東京では冊子版になっている「サボテンの花」も関西では1枚もので出ていましたから、理屈は合いますね。ちなみにチラシ大全集に掲載されているこのチラシに押されているスタンプは在阪の私立高の映研のもののようです。

当時の東京と大阪の新聞広告を眺めてみますと、どちらも日野皓正がコメントを寄せていますが、もうひとりが東京は土居まさる(タレント)、大阪は桂三枝(ヤング・オー!オー!司会者)となっていて、時代と東西の違いを感じます。

それにしても調べるほどに感じるのが、「チラシ大全集」のリバイバル関係のデータはあてにならないなぁ…ということ。他にも発見していますので、この辺はまたあらためて。

2013年4月28日日曜日

小さな恋のメロディ

ヤフオクをウォッチしていると、時々自分の思い込みが間違いだったことに気づくことがあります。

最近も「小さな恋のメロディ」のこのB5柄に封切日(1971年6月26日)付けで大阪の東宝敷島のスタンプが押されたチラシを入手して、認識を新たにした次第。封切の段階で作られていたんですね、これ。

この作品が日本で大人気だったのは有名な話(自分も日曜洋画劇場を観て惚れたクチ)ですが、東京地区の主な上映履歴を簡単にまとめますと(チラシはこちら)、

ニュー東宝 1971.6.26から20週
スキヤバシ映画 同年12.4から3週
江東リッツ 同年12.25から4週
TYチェーン 1972.318より「初恋」と二本立て
第1回リバイバル スバル座で1974.6.29から6週
第2回リバイバル ニュー東宝シネマ1で1976.6.26から2週
第3回リバイバル ニュー東宝シネマ1で1978.6.3から3週
※他にも「ベンジー」との二本立て等、散発的な二番館での公開あり。

といった感じで、この柄のチラシは江東リッツで封切られたものが最初だと思っていました。何でアンコール公開のムーブオーバーの段階で、と思っていたのですが、そうか、最初から作っていたのか。ちなみにスキヤバシ映画はその後のニュー東宝シネマ2ですが、大映の封切館から東宝洋画系の封切館に転向した第1作がこの作品でした。この段階で出ていてもよさそうなのですが、見かけないですね。

初公開版といえばこの柄。リンゴを型抜きしたレア版が
有名ですが、人気が高くてなかなか手に入りません。
この「緑柄」が悩ましいのはリバイバルでも使われていることで、スクリーンの「チラシ大全集」でもP142、1976年で紹介されています。ネットでも地方版(名宝スカラ座等)でこの柄が出品されているのを見かけますが、この時期ということなんでしょうかねぇ。時期がはっきりした「緑柄」をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてくださいませ。

こういったヘラルドの変則的な流用は他に先例があるのですが、それは別の機会にということで。

今回入手したスタンプ版は残念ながら三つ折にされていて(封筒に入れるため?)、折れていないものが欲しいものですが、江東リッツも二つ折りにされているものが多い気がしますし、かなり難しいかも。リンゴ型もいつかはなんとかしたいんですが。

H25.9.29追記 TYチェーンの公開状況の記述に誤りがありましたので、修正しました。詳細はこちら。

2013年3月10日日曜日

名作シネ・ロマン・フェア

御案内が遅くなりましたが、映画チラシのまとめサイトの先駆者、「映画の時間ですよ!!Part2」とリンクさせていただきました。キャグニーさん、今後ともよろしくお願いいたします。

三越名画劇場のカレンダーを調べて気づいたのが、札幌における名画上映への取り組みの早さ。以前も書いたようにヘラルド・クラシックスを収集テーマにしていて、その過程でシネマアポロン(札幌)で行われていた「名作シネ・ロマン・フェア」を知り、こちらにも手を出していたのですが、てっきりヘラルド・クラシックスの関連上映だと考えていました。

ところが、「名作シネ・ロマン・フェア」の開催は1981年11月から。ヘラルド・クラシックスの第1弾であるゴールデン・シアターが銀座文化で始まったのが1985年ですから、4年も早い。

権利は?素材は?と思ったのですが、新聞広告に「16mm版上映」と書かれておりました(チラシには記載なし)。

70~80年代にSABホール等で行われた大阪のシネサークルの上映会でも16mm版の上映はあったのでしょうが、こっちは映画館ですからね。そんなこともあったのかと、ちょっと驚きました。

ただ、映画館とはいっても、このシネマ・アポロン、Wikipediaの記事によると名画座として営業していて、かなり小規模だったようです。以前偶然入手した「ジェット・ローラー・コースター」のチラシを見ると、センサラウンド上映ができなかったようで、おそらくスピーカーが入りきれなかったのかも。まぁここまで修正するなら70mmマークも塗りつぶして欲しいところでありますが。

ともあれ、例によって不完全ではありますが、「名作シネ・ロマン・フェア」をこちらにまとめてみました。

ヘラルドがクラシック作品を大量に買い付けたのも、こういった上映会が行われていたことが背景にあったのかな、と思います。ラインナップも結構似通っていますし。