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2015年3月22日日曜日

遥かなる西部のバラード(「砂漠の流れ者」「ケーブル・ホーグのバラード~砂漠の流れ者~」)

スピードチラシ。仮題つきはボロボロの
ものしか持っておりません。
前回の続きになりますが、同じワーナー70年代初頭の「エロ・グロ売り」例をもうひとつ。

70年代の珍品チラシを追いかけていると、どうしても「スプラッシュ公開」(東宝や松竹・東急系列の二番館で上映)の作品が気になってくるところ。この「砂漠の流れ者」のように、観客に配布されるようなチラシは(おそらく)作られていなくても、業界内配布用のスピードチラシが「本命」として珍重されています。このあたり「『映画のチラシ』をどのように定義するべきか?」という問題もはらんでいるのですが、実際はかなり適当、コレクターの主観・価値観次第になっている感が。

で、「砂漠の流れ者」も、当初は「遥かなる西部のバラード」という仮題がついて、シングル盤も発売されていたようなのですが、最終的にはタイトルを変え、「鷲と鷹」(リー・ヴァン・クリーフとウォーレン・ウォーツの競演作。東劇系での封切は1週間で終了)との二本立てと相成った次第。

そんな経緯からスピードチラシも仮題のものとタイトルが空欄になったままのものがあり、チラシ大全集には空欄に正式なタイトルが手書きされたものが掲載されています。
プレスシート B3

スピードチラシとプレスシートを比べると、解説やストーリーは同じですが、プレスの方はアートワークやキャッチコピーをアクション映画、それもマカロニを意識した残酷ものっぽく仕立てています。

当時の新聞広告はプレスに載っている「宣伝文案」を手直しし、「毒蛇責め!渇き責め!砂地獄!」と打って、さらに「眼を覆う残酷さ!この世のものとも思えぬ物凄さで話題騒然!」と煽っているのですが、この映画を観た人なら、「眼を覆う残酷さ」は作品を捻じ曲げてでも売り込まねばならぬ「業界の掟」であり、「この世のものとも思えぬ物凄さ」はスピードチラシの4枚の場面写真をアクション風にデザインした「プロの技」だと思うのではないでしょうか。これらのフレーズ、おそらくは宣伝した側の自己韜晦、自虐も入っている気がします。

ワーナーは60年代後半から「ブリット」「俺たちに明日はない」「ワイルドバンチ」「ウッドストック」「ダーティハリー」「時計じかけのオレンジ」「スケアクロウ」…と、映画史に残る作品を連発していましたが、台所事情は厳しかったよう。「エクソシスト」と「燃えよドラゴン」が大当たりした1974年1年間の日本法人の配収が過去10年分だった(キネ旬決算号)そうですから、作品の価値と商品の「旬」の興業価値はなかなか一致しないものです。

2015年2月16日月曜日

コールガール/愛すべき女・女たち

1971.10.16 丸の内松竹ほか
残念ながら1週間で終了。
すっかりご無沙汰しております。楽しみにされていた方には本当に申し訳ありません。今後も(特に3月以降は)厳しい状況ですが、少し頑張りますので、よろしくお願いいたします。

エントリーはしていないものの、気の向くままに調べものはいろいろやっております。チラシの話題とはそれてしまいますが、以前「電撃脱走 地獄のターゲット」のコメント欄で出た「コールガール」「愛すべき女・女たち」の改題について中部圏の新聞広告を調べてわかったことを。

論より証拠、ということでこちらをご覧いただければ一目瞭然であります。自分の興味が70年代前半あたりの作品に行きがちなので、ブログを始めてから、この時期の新聞広告を見る機会が多いのですが、まさに「エロ・グロ」売りの時代で、特に地方紙ほどその傾向を強く感じます。観客動員数が減り続ける中でたどり着いたのがこの扇情的な売り文句な訳で、今見ると映画会社(というより興行主)の悲鳴にも思えてしまうところ。

まず、「コールガール」ですが、ネットでは東京での公開後、半年以上経って関西圏で上映、という情報もありましたが、実際には東京終了後3週あまりで名古屋にて改題による公開がされています。上映期間は1週間、これでは改題後のタイトルでの宣材は作ってなさそう。おそらく映画館は看板だけじゃないかなぁ。なまじプレスとか貼ったら、それを読んで「真相」を知ったお客さんが逃げちゃいそうだ。
1971.12.25
銀座東急・東急レックスほか

丸の内松竹は「コールガール」の後も「くたばれ!ダーリン」「昨日・今日・明日」(リバイバル)と1週間打ち切りが続き、12月も「白い肌の異常な夜」が10日で打切り、ヘプバーンの二本立てに差し換わっています。斉藤守彦の労作「80年代映画館物語」の『「ある日どこかで」物語』の章でも、80年代における丸の内松竹の”消化番組劇場”的な立場が記されていますが、この時期も同様だったのかもしれません。

「愛すべき女・女たち」も予想以上にえげつない広告で、ちょっとびっくりしてしまいました。こちらは東京公開から2ヵ月後。70年代にはさすがに機を逸した艶笑オムニバス(製作は67年)なので、売り方も難しかったのでしょうが、それにしてもなぁ。

ともあれ、露悪的・冷笑的に紹介するつもりはないものの、映画が持つ「商品」という側面は冷厳として存在するわけで、まさに「チラシの裏」としてエントリーしておく次第です。