で、この時代のMGMの不振を物語るかのようにいくつかのお蔵入り作品のチラシが存在します。いったいどこからどうして流出してきたのかは分かりませんが、結構な数が出回っており、この年代のコレクターにはポピュラーですので、ちょっと調べてみました。

画像のチラシには館名がありませんが、ケイブンシャの「秘蔵!洋画チラシ全集」(リンク先のアマゾンの画像は間違いなので注意)のP19にはニュー東宝の館名入りが掲載されています。ニュー東宝がシネマ1に改称されたのは72年5月なので、それ以前の予定ということになります。この時期のニュー東宝は71年の夏休み作品「小さな恋のメロディ」の20週ロングランに始まり、続く「卒業」のリバイバルも6週、正月作品の「初恋」が9週、「ロミオとジュリエット」のリバイバルが約10週で劇場名変更、という青春映画で大繁盛の状況。これらの作品より前に予定していたかもしれませんが、はじき飛ばされちゃったかな、という印象を持ってしまいます。

続いての「殺しのカルテ」はマイケル・クライトンが別名義で書いた小説の映画化で、1972年の製作。前年に彼の原作映画化でヒットした「アンドロメダ…」には触れられているものの、1973年に彼自身が監督してヒットした同じMGMの「ウエストワールド」に関する記述が無いところを見ると、それより前に作られたチラシということしか判明せず。サントラ盤(ビートルズで有名なオデオンレコード)が出ているので、その時期が分かれば…と思ったのですが、これも品番(Toshiba/Odeon EOR10223)以外の情報は見つかりませんでした。ちょっと残念。

さらに「ブロンド美女連続殺人」(1973)となると、ネット上はほとんど情報なし。本家のIMDbを見ても、この映画で宣伝されてる「DUO-VISION」(スクリーンを2分割して上映を進めていく手法)と「悪魔のシスター」(アメリカでは1973年5月公開)のスプリットスクリーンの手法との類似性が指摘されてる程度の情報しかつかめませんでした。監督の方もテレビ畑の人のようです。
とりあえずこの程度のことしか分かりませんでしたが、少しはお役に立ちましたでしょうか。もう少し知ってるぞ、という方はぜひご一報を(こればかりですが悪しからず)。
※H24.12.12追記 その後の調べでMGM日本支社の閉鎖時期は1974年2月と判明しました。関連エントリーはこちらで。