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2012年12月12日水曜日

エデンの東(全洋労支援集会版)

すっかりご無沙汰しております。
12月に入って忘年会等のイベントが続いて週末は拘束されまくり、エントリーのアイデアは浮かんでも、調べる時間がなかったりという状況。せめて週に1、2本は書こうと思っているのですが、今月はちょっと難しそう。

それでも調べてわかったことがいくつかありますのでご紹介。
まず、以前のエントリーで触れたMGM日本支社の閉鎖時期ですが、映画年鑑によると1974年2月末のようです。本社からテレックスが送られて通告され、社員は立てこもって抵抗したそうです。

もうひとつ「オデッサ・ファイル」ですが、やはり映画年鑑に「74年12月公開予定が3月にずれ込み、思うような興収が挙がらなかった」旨の記事がありましたので、やはり12月から公開延期されたことは間違いないようです。
以前も触れた古澤利夫の著書に「合理化の季節」という章があり、この時期の労使問題が述べられているのですが、あらためて見直してみると、74年11月に「FOXとコロムビアの共同配給」という問題が持ち上がっています。ひょっとしてこの辺が影響しているんでしょうか。単に「エマニエル夫人」人気に便乗するために東宝が「エロスの詩」に切り替えただけかもしれませんが。

画像のチラシは翌75年の3月に全洋労がいくつかの支部(各配給会社の組合)の「反合(理化)闘争」を支援する集いの時のもので、当時の配給会社の社員の方の置かれた状況が垣間見えます。現在だったら、この種の集会にエリア・カザンの作品を使うのはいかがなものかという気もしますが、「エデンの東」の父子のように、最後は和解しよう、という思いがあったのかもしれません。

2 件のコメント:

渡辺屋 さんのコメント...

配給会社の合理化と同じような道を辿ったのがシネコン以外の映画館だったのでしょう。

シネコンがあれば普通の映画館は必要ないと大手配給が判断して地方の直営館などは、ひどい条件で契約させられてました。シネコンならば1日1回の上映でもいいのに、直営館は最低でも4回上映しなければならないとか二部興行とかはできないようにさせられてました。
それで収益が上らなければ閉館させられるという合理化でシネコン以外の劇場は消えてしまいました。

もともとシネコンが少なかった時は既存館のある地域ではシネコンでの封切りは既存館の封切2週間後という約束があったのですが、それを一方的に破ったのがソニーピクチャーズの「ジャンヌダルク」で横浜のワーナーマイカルで同時公開をしました。既存館の横浜ピカデリーを抱える松竹は一応抗議したもののかたちだけのもので、それ以降は同時公開が当たり前になり既存館壊滅の引きがねになりました。

映画館が閉館になるのなんて親会社から一方的に通告されるだけなのですが、今の従業員なんてみんないいなりなので集会開いて抵抗しようなんて微塵も考えません。自分は1人で重役連中に毒吐いてやりましたが。

チラシ画像の3.11って、今見ると東日本大震災の日にしか見えないんですよね。

紀住 圭人 さんのコメント...

渡辺屋さん、コメントありがとうございます。
「ジャンヌ・ダルク」事件はその昔m@stervision氏のコラムを通じてそういった騒動があったことは覚えています。あれから10年、「勝者」のシネコンも曲り角を迎えている感じです。久々に同氏の過去のコラムを読み返していたら、2008年の雑誌「ロードショー」休刊時に「このまんまじゃ、あと10年もしたら『いまどき紙の新聞を取ってんのと、映画館なんかで映画 観てんのは年寄りだけ』とか言われちゃうぞ。」と警告されていました。今のままだと10年もかからずにそうなってしまいそうな雰囲気ですね。

日付が3.11なのはもちろん偶然なのですが、衆議院選挙が近いこともあり、この日付を自分としてもちょっと心に留めて置きたいな、と思い画像をアップしたというところはあります。ええカッコしいかもしれませんが。